2005年 12月 27日
この日のこと ふと思いついて、いつも撮らせてもらっている石仏群へと足を向ける。いつの間にか強く降っていた雪は止み、陽が差してきた。降りしきる雪の中のお地蔵様を撮りたかったので、ちょっとがっかりしたが、それはお天道様が決めたこと。今度は雪の合間のイメージを膨らませて撮り始める。とすると,横のお堂に自転車を停めてこちらを眺めていた年輩の男がいっぱいに荷物をくくりつけた彼の自転車から離れて、 「石仏が好きなのかい」と話しかけてきた。 「いつも撮らせてもらっているんですけどね、雪の日の写真も撮りたくて歩いてきましてん。」 「ああそうかい。これは六道だなあ。」 「まさに六体ですし,それを念頭に彫り込まはったんでしょうねえ。」 厚く着込んだ汚れたジャンバーの中の男の顔は皺だらけで黒光りし、まるで入れ歯を外した人のように歯は真ん中を欠いていた。 「俺みたいな餓鬼道にはわからねえや」といいながら、江戸時代にこれらの石仏を彫った職人の仕事ぶりを語り出す。 「豊後のは見たことあるかい。」 「今年の春に磨崖仏を見てきましたよ。」 「なあんだ見てきたかい、そうかい。」 男は今まで見たなかで印象に残った箱根の石仏を教えてくれた。 話はどんどん続き、案の定、男の身の上話を聞く羽目になってしまった。戦前、大きな旧家に育って何不自由ない暮らしをしていたこと、父親が陸軍の佐官で旧満州の鴨緑江近くに住んでいたこと、自らは母が30歳の時の子どもであること、父は妾を4人も抱えていたこと、引き上げ後の郷里では農地改革で土地を失ってしまったこと。男は酒臭い息を吐き、「ごめんな」の言葉を繰り返しながら、60年余の人生の中で一番良かったのであろう頃を話し続けた。 雪の止み間は続き、暖かい陽射しのなかで、石仏の肩に積もった雪は滴となって落ちていく。すでにフィルムもなくなっていた。男の話が途切れたところで、 「じゃあそろそろ失礼しますわ」と話を割った。 人なつっこそうな笑顔を見せながら、男は手を振って 「ごめんな、それじゃな」といった。ちょっと悪いことをした気がした。 2005年12月 京都府某市 ミノルタα-7,ミノルタニューAF100mmマクロF2.8 コニカミノルタセンチュリアスーパー200,F4 AE
by photo-nupuri
| 2005-12-27 13:01
| 思い
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